未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
あの日のまま〜永遠性の確立
物質世界は時の経過とともに生々流転し変化は免れない。 だが文字で描かれた物語や図形で描かれた絵画の世界は時が経過しても何ら変化しない。 紙やカンバスを脳細胞に置きかえれば、描かれた世界とは記憶に定着された意識世界ということになる。 つまり、記憶に定着された意識世界は時が経過しても何ら変化しない。 曰く、記憶に定着された意識世界は歳をとらない。 ゆえに、若き日の記憶の中で貴方はいつになっても 「あの日のまま」 であって、未来にも過去にもどこにもいかない。
以下の歌詞は 「
都はるみの風景〜千年の古都
」 から抽出したものである。
時は身じろぎもせず悠久のまま〜夢は老いることなく悠久のまま
第1770回
「風景の物語」 では、撮影した自然風景に日付を記載しない限り、撮影した私をのぞいて誰もその自然風景の時系列を判定できないとはいかなることかを論考している。 しかしてその論考の帰結は 「自然そのものには時間は存在せず、人間の内にのみ時間が存在する」 というものであった。 過去は記憶で構成され、未来は想像で構成される。 どちらも曖昧模糊とした 「主観的な意識作用」 である。 だが現在は物的運動で構築された 「客観的な物理作用」 である。 我々は意識世界に 「過去・現在・未来」 という線形時間を配列することで、時間が過去から未来に向かって流れているとしているが、現在はその構成において過去や未来とはまったく異なっている。 それを同列に配置するのは単に人間の意識作用のなせる業であって、それ以外に何ら根拠が存在しない。 つまり、時間は人間の主観的な意識場である過去や未来においては流れが保証されたとしても、現在のような客観的な物質場においては流れは保証されない。 私は過去や未来は線形に配列されるものではなく、「現在に重層的に含まれている」 と考えている。
以上の論考に従えば、「風景の物語」 とは客観的な物理作用で構築された 「とある自然風景としての現在場」 を訪れたことで、私の 「主観的な意識作用」 で喚起された私の過去や未来の意識場が現在場に投影した 「私自身の風景の物語」 であると考えてしかるべきである。 しかしてその風景の物語は私の記憶に定着された意識世界が投影した 「あの日の物語」 のことに他ならない。 しかしてその風景とはまた私がその現在場を訪れたことで私の内なる意識場に象出した 「この日の風景」 のことに他ならない。 そうであれば、「あの日の永遠性」 とはまた 「この日の永遠性」 でもある。
夭折の詩人、立原道造は友人に宛てた書簡の中で 「いつか僕は忘れるだろう。 思ひ出という痛々しいものよりも、僕は忘却というやさしい慰めを手にとるだろう。 僕にはこの道があの道だったこと、この空があの空だったことほど、今いやなことはない。 そして今日、足の触れる土地はみな僕にそれを強いた。 忘れる日をばかり待っている ・・」 と嘆いている。 だが 「あの日のあの道」 も 「この日のこの道」 も、ともに道造の内なる意識場が投影した 「道造自身の風景の物語」 であって、永遠性はともに確立されているのである。 それほど悲嘆することはないのである。 それでもままならなかったとすれば、道造の悲嘆とは、あるいは 「あの日とこの日の永遠性の確立」 そのものにあったのではあるまいか? 詩人であった道造にとってみれば、「記憶に定着された意識は過去にも未来にもどこにもいかない」 という永遠性の確立こそが、忘却するしか他にやりようがない 「虚無の確立」 であったのかもしれない。
※)風景の物語が客観的な物理作用で構築されたとある自然風景としての現在場を訪れたことで、私の主観的な意識作用で喚起された私の過去や未来の意識場が現在場に投影した私自身の風景の物語であるとする意識跳躍は、現代理論物理学の先駆者であるデビット・ボーム(米国1917〜1992)が量子論に基づいて語った
第1715回
「デビット・ボームかく語りき」 から導かれたものである。
2026.04.10
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