Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
Turn

フォッサマグナの断章(4)〜フォッサマグナの点と線
四賀キャニオン / 長野県松本市会田
動画ウィンドウの再生
 穴沢のクジラ化石をあとにした私は次なる目的地である四賀キャニオンと呼ばれる 「岩井堂の砂岩層」 の露頭に向かった。 露頭とは地層や岩石が露出している場所をいう。 四賀キャニオンもまた穴沢のクジラ化石と同様に行き着くには多くの労力を要した。 行きつ戻りつしたあげく、畑仕事をしていた好人物の村人に教えてもらってようやくたどり着いた頃には陽はすでに西に傾いていた。
 四賀キャニオンとはアメリカのグランドキャニオンをもじったものであろうが、規模は小さくても地殻の神秘を感じさせるに充分な奇観を呈していた。 地質年代はシガマッコウクジラやシガウスバハギが生きていた約 1300万年前(別所層)よりも新しいものと言われている。 これもまた 「フォッサマグナ形成」を物語る痕跡である。
 かってこの奇観と似た景観に出会ったことがある。 それは長野県上田市富士山にある 「鴻の巣」 と呼ばれる砂岩層の奇観である。 訪れたのは 2010年12月 のことであった。 以下の記載はそのときのものである。
鴻の巣 / 長野県上田市富士山
動画ウィンドウの再生
 上田市指定天然記念物に指定されている奇景 「鴻の巣」 は、東西 190m、高さ 60m ほどの崖であり、屏風岩とも呼ばれている。 鴻の巣の名称の由来は、昔コウノトリが営巣した場所と伝えられているが定かではない。 鴻の巣の石がどれも海岸の砂浜の石のように丸いのは、はるか昔に上田地方が海の底であり、その後の地殻変動で隆起して陸地となり、かくこのように露出したものであることを物語っている。 また縄文時代頃までは上田のかなり大きな地域が湖や湿地帯だったようでもある。 訪れるにおいては場所がわからず少々苦労したが、あたりは狭いながらも公園となっており、晩秋の西日を浴びた白い崖が見上げる位置に静かにたたずんでいた。 眺める私には、その白い壁面が、この地方がたどったであろう 「悠久な時空間」 の化石のようにも思われた。 映画 「隠し砦の三悪人」 のロケ地として使用されたというが、なるほどと納得がいく景観である。
 以下の記載は鴻の巣に立つ案内看板の表示内容である。
 今からおよそ 2000万年前 から 500万年前 の新生代第三紀中新世という時代、このあたり一帯はフォッサマグナと呼ばれる海域で、海底には、溶岩や小石・砂・泥などが積もって厚い地層をつくりました。 鴻の巣の岩石は、そのうちの 約1300万年前 から 950万年前 にかけて堆積した礫岩と砂岩で 「青木層」 と呼ばれる地層の一部分です。 鴻の巣の地層は、地殻変動によって長い年月をかけて海底から隆起するときに圧し曲げられ、北側に四十度から六十度ほど傾斜しています。 崖に見られる茶色の横縞模様は、隆起後に地層の境目に浸みこんだ鉄分の色です。 砂岩層には、木の葉の化石も見られます。 礫はおもにチャートという岩石です。 他に黒色の粘板岩や硬砂岩、白っぽい流紋岩、それに緑色凝灰岩などがあります。 純粋なチャートは白色ですが、不純物が混ざった灰色・緑色・褐色など様々な色のものがあります。 チャートや粘板岩は、上田小県地方にはない岩石ですので、佐久山地や赤石山脈方面から運ばれたものと考えられます。 また、緑色凝灰岩は、太郎山や独鈷山地域の岩石で、それが礫として入っていることから、当時これらの山の一部は陸地になっていたことがわかります。 鴻の巣の崖は、幅が東西およそ 190m、高さが最高約 60m で、堆積岩の崖としては上田市では最大です。 崖のすぐ下を流れる鴻の巣川の浸食によって、地層が削り取られてできたものです。 礫や砂は水を含みやすくもろいので、絶えず少しずつ崩れ落ちています。 鴻の巣の名称の由来は、昔、雁の一種の鴻(ヒシクイ)か鶴の仲間の鸛(コウノトリ)が営巣した場所と伝えられていますが、確かなことはわかりません。
 地質年代が 2000万年前から 500万年前 の新生代第三紀中新世という時代というからほぼ四賀キャニオンと同時代である。 鴻の巣の地層は 「青木層」 と呼ばれる地層の一部分であるとされるが青木と四賀キャニオンの 「別所層」 の一部分であるとされる別所は隣接地であって 「同じ地層」 であるといっても間違いではあるまい。 しかして、鴻の巣と四賀キャニオンは直線距離にしておおよそ 25km ほどである。 同じフォッサマグナの海域にあったといっていい。 鴻の巣の砂岩層には木の葉の化石が見られるというが、四賀キャニオンの砂岩層にも同様に波の化石と呼ばれるリップルマークや虫の巣穴の痕跡等が見られる。 あるいは穴沢のクジラ化石となった彼もまた鴻の巣の海底を泳ぎ回っていたのかもしれない。
 ともあれ時に応じて訪れてきた 「鴻の巣」、「穴沢のクジラ化石」、「四賀キャニオン」 等々は 「フォッサマグナの点と線」 であって、その謎を解き明かす重要な手がかりを指し示している。 喧噪の現代社会に生きている者にとっては 1000万年 を超えるほどの悠久な時の流れを肌身に体験することなど希なることに違いない。 だが長きに渡って変哲なき荒野を彷徨するうちにはときとしてその僥倖にめぐり逢うこともあるということであろう。 しかしながら訪ね歩いたこれらの 「点と線」 の痕跡のどれもが訪れるに苦労するほどに荒廃し忘れ去られていることはどうしたことであろう。 過去なき未来などいかに構築できようか? 温故知新。 人は常に 「故きを温ねて新しきを知る」 のである。
「フォッサマグナの断章(1)」(第0839回
「フォッサマグナの断章(2)」(第0934回
「フォッサマグナの断章(3)」(第1621回

2022.05.10


copyright © Squarenet