Linear ベストエッセイセレクション
吉幾三の風景〜酔歌
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津軽の風韻
 吉幾三は1952年、民謡歌手の父鎌田稲一と母せるの9人兄弟の末っ子として青森県北津軽郡金木町(現五所川原市)に生まれた。 父稲一は昭和天皇の面前で民謡を披露したほどの名手であり、そのことについて吉は 「親父は超えられない」 と語っている。 地元の中学校を卒業後、父親の反対を押し切って歌手になるために上京して米山正夫に師事する。
 1984年に発表した 「俺ら東京さ行ぐだ」 は何もない辺鄙な田舎町から大志を抱いて花の東京に向かう青年の汚れなき心意気をアップテンポのリズムにのってコミカルに歌ったものである。 そのごの吉の姿からは想像もできないような曲であったがそれが大ヒットしたのである。 だが吉にとって本当の好機は同じ年に千昌夫へ提供した 「津軽平野」 がヒットして作曲家としての才能が注目されたことであった。 1986年、千昌夫から 「今さら正統派の演歌なんか売れるわけない」 と大反対された 「雪國」 が初のオリコン1位を獲得してからは本格的な演歌歌手へと路線を変更した。
 それからは1987年に 「海峡」、1988年には 「酒よ」 を立て続けにヒットさせ、1990年の 「酔歌」 で吉の演歌はその極に至った。 そのごの作曲活動には記すべきものは少なく以下のような 「生きとし」 しか記録されていない。 吉の嘆息は 「酔歌の前に酔歌なく 酔歌のあとに酔歌なし」 ということなのかもしれない。
 2013年、不整脈の手術のため入院。 手術は無事成功し復帰。
 2016年、日本作曲家協会音楽祭 2016 で特別選奨を受賞。
 
酔歌 / 作詞 吉幾三 作曲 吉幾三

ぽつり ぽつりと 降りだした雨に
男は何故か 女を想う
ひとり ひとりで 飲みだした酒に
夢を浮かべて この胸に流す
ヤーレン ソーランよ 都会の隅で
ヤーレン ソーランよ 今夜も酒を

風に 風にヨ 暖簾巻く風にヨ
遠い故郷(くに)のヨ 父親(おやじ)を想う
ふらり ふらりと 居酒屋を出れば
冬の近さが 心に吹くよ
ヤーレン ソーランよ 雨から霙(みぞれ)
ヤーレン ソーランよ 今夜も酒を

ふわり ふわりと 降りだした雪に
この手当てれば おふくろを想う
侘びて 合わせる 右の手と左
酒が降らせた 男の涙
ヤーレン ソーランよ 積もり行く雪に
ヤーレン ソーランよ 今夜も酒を

ヤーレン ソーランよ 積もり行く雪に
ヤーレン ソーランよ 今夜も酒を
 
 吉の曲にはそのどれにも 「ふるさと津軽の風韻」 が息づいている。 その風韻を肴に今日も都会の片隅でひとり酒に酔いしれながら忘れがたき郷愁に涙する。 思い浮かぶのは哀しき女心への恋情であり、子供の頃に父と唄った懐かしき民謡の一節である。 その父も今はこの世にはいない。 好きだったソーラン節の 「ヤーレン ソーランよ」 の間の手だけがいつまでも胸に響いて尽きることがない。
 そうなのだ、都会に憧れてふるさとをあとにした青年は再びその何もなかったはずのふるさとに回帰しようとしているのだ。 今だからわかる 「そこには最初から何もかもがあったのだ」 と ・・ 酔歌はそのことを教えてくれる。

2021.04.10


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