Linear ベストエッセイセレクション
優雅なる異端
Turn

ゆるぎない自己の完結
 世界から正義が失われようとしている。 まかり通るのは権力であって、現れるのはむき出しの欲望である。 流れを止めることはできるのか?
 失望することはない 「優雅なる異端」 の時代がやって来たのである。 優雅とは金に任せても贅沢三昧をすることではない。それは、愚かなことに荷担しないことであり、生きる意味がわかっていることであり、善と悪を見抜けることであり ・・ しかして、世の脅迫や恫喝に屈しない強靱な精神と動じない心をもっていることである。
 人は物質的存在であるとともに精神的存在でもある。 物質はちっぽけであっても精神は際限なく大きい。ときとして宇宙をも凌駕するほどである。 優雅なる異端を実践した空海の大いなる精神は片隅にあって尚、世界を動かし得たのである。
 何かを得ようとすれば何かを失うは世の常である。 全てが得られるわけではないが、全てが失われるわけでもない。 目指すは 「ゆるぎない自己」 の完結であって 「ゆるぎない生活」 の完成ではない。
以下は優雅なる異端を貫いたブルース・リーの言葉である。
Don’t think, feel 考えるな、感じろ
何かについて考えすぎると、それを成し遂げることは到底不可能である。
パンチに予備動作を加えてはいけない。瞬時に打て。
私は自ら進んで人を傷つけようとは思わないし、たやすく傷つけられるつもりもない。
俺はお前のために生きているのではない。お前も俺のために生きているのではない。
勝つか負けるか、戦いの結果を予測することは大いなる間違いだ。
自然に任せていれば、ここぞという時にひらめく。
鉄則を学び、鉄則を実践し、やがて鉄則を忘れる。
形を捨てた時、人は全ての形を手に入れる。
スタイルを何も持たない時、人はあらゆるスタイルを持つことになる。

※)「優雅なる異端」は今を遡る20数年前、塩野七生の著作「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」から着想して創作したものである。
チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷〜あらまし
 法王の息子というキリスト教世界での異端児でありながら、チェーザレは枢機卿にまで上り詰めた。しかし、その象徴である緋の衣を脱ぎ捨て、真の目標に向け進み始める。剣を手にした彼の野望は「イタリア統一」。父や縁戚フランス王の権威を背景に、自らの王国樹立のために権謀術数の限りを尽くした若者の鮮烈な生涯を描く。 「毒を盛る男」と断じた歴史の評価に対し「マキアヴェリズムの体現者」「行動の天才」という新しいチェーザレ像を提示した塩野七生の初期代表作。
負ける工夫
皆が皆、勝つ方法を学びたがる。 しかし、決して負ける方法は学ぼうとしない。
 格闘家であるとともに哲学者でもあったブルース・リーの言葉である。 世にさまざまな箴言があろうが 「負ける方法」 を述べたものなどにはそうそう出会うことはない。そこには優雅なる異端を貫いたブルース・リーの面目躍如たる 「知恵の世界」 が垣間見える。
 現代は「勝ち組、負け組」と揶揄される 「勝つことだけの価値観」 に占領された社会である。自由主義経済の中核はこの価値観を土台にした自己責任論を基に構築されている。 それは 「勝たなくては意味がない」 という弱肉強食の世界であって、敗者は生存さえも許されないかのような世界である。このような世界に住めば、誰しもが敗者を忌み嫌い勝者を目指すのはむしろ必然の帰結であろう。
 その中で 「敗者の価値」 を見いだした「ブルース・リーの慧眼」はまさに畏るべきものであって、常人の遠く及ぶところではない。 だがその論ずるところは奇しくも陰陽の両極(Pairpole)から宇宙が構成されているとする 「Pairpole 宇宙論」 の世界観に相似している。 万物事象は 「あざなえる縄の如く」 であって、「禍福は一体」 である。 その中にあって、勝者ばかりを目指す世界とは、片極だけの世界を構築しようとする試みであって、やがては徒労に逸する。 1枚の紙は 「表裏」 で構成されるのであって、表だけや裏だけの紙など存在しないのである。
 かくなる宇宙の真象(内蔵秩序)を見失った現代人は、あるいは希にみる 「おおばかもの」 なのかもしれない。 ちなみに今の世界を俯瞰すれば、各国の指導者の多くは勝つことばかりを考えて負けることを学ぼうとしない。 勝つためには手段を選ばないという頑なな姿勢はかくなる愚かさの様相を物語っている。 人類は大いなる視野の狭窄に陥ってしまったようである。その狭窄があまりにも大きすぎて確と自覚されないだけである。 行き詰まった世界を突破する妙薬は 「賢く負ける」 ことに尽きる。 負けることもときには優雅であって 「かっこいい」 。 優雅なる異端とはそのことである。

2020.08.12


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