| 実存とは、現実にこの世に存在していること、または実存主義における主体的な人間のあり方を指す。
単に 「物がある」 というだけでなく、人間が自らの生き方や意味に深く関心を持ち、選び取る状態を意味する。 人間の自由と自己責任を説いた20世紀を代表するフランスの実存主義哲学者、サルトルが言った
「実存は本質に先立つ」 とは人間はあらかじめ決められた目的や本質を持って生まれてくるのではなく、まず 「存在(生きていること)」
が先であり、その後の自分の行動や選択によって、自分の本質(人間性や生き方)を自らが作っていくことを述べている。
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| 私はかって 「優雅なる異端」 と題して以下のように書いている。
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| 世界から正義が失われようとしている。 まかり通るのは権力であって、現れるのはむき出しの欲望である。流れを止めることはできるのか?
失望することはない。 「優雅なる異端」 の時代がやって来たのである。
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| 優雅とは金に任せて贅沢三昧をすることではない。
それは、愚かなことに荷担しないことであり、生きる意味がわかっていることであり、善と悪を見抜けることであり ・・ しかして、世の脅迫や恫喝に屈しない強靱な精神と動じない心をもっていることである。
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| 人は物質的存在であるとともに精神的存在でもある。
物質はちっぽけであっても精神は際限なく大きい。 ときとして宇宙をも凌駕するほどである。 優雅なる異端を実践した空海の 「大いなる精神」
は片隅にあって尚、世界を動かし得たのである。
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| 何かを得ようとすれば何かを失うは世の常である。
全てが得られるわけではないが、全てが失われるわけでもない。 目指すは 「ゆるぎない自己の完結」 であって、「ゆるぎない生活の完成」
ではない。
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| 優雅なる異端とは、異端でありながら優雅であることであり、自らをもって絶対的基準とする生き方である。
端的に言えば、何者にもおもねることなく主体的に選択し、何事をも自らの意思によって決められる生き方である。
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