未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
忘れじの記憶〜二人静は悲しけれ
それはもう20年ほども前の 「忘れじの記憶」 である。 中央アルプス山麓に位置する駒ヶ根高原を訪れた折りのことである。 やわらかい春雨が霧のように降りしきる中で 「二人静」 というゆかしき名前の旅荘が宝剣岳の清冽な雪解け水を集めて流れる太田切川の傍らに佇んでいた。
その名の雰囲気は何とはなしに理解できたが、その由来が山野草の宿としてつけられたものであることは後に知ったことである。 そのゆかしい野草の種には、ヒトリシズカ(一人静)とフタリシズカ(二人静)があって、能の演目である静御前の舞姿に由来してつけられたという。 一人か二人かの違いは、4〜5月頃に咲く白い花の穂(花序)の数の違いであって、ヒトリシズカは1本、フタリシズカは2〜3本立ち上がるという。 「一人静」 の花言葉は 「隠された美(愛にこたえて)」 だという。
歌人、与謝野晶子は、かくなる 「二人静」 を以下のように詠んでいる。
雑草の二人静は悲しけれ 一つ咲くより 花咲かぬより
現代語訳 / 二人静が咲いている。 二本の花穂が伸び、小さな白い花を咲かせる二人静。 雑草のように野の道にあって、向き合うように並び咲く二人静は、一つだけ咲く花よりも、全く花が咲かないものよりも、私には悲しいものに思える。
能の演目 「二人静」 は世阿弥の作だとされるが、与謝野晶子もまた源義経と静御前を描いたこの悲恋の能物語を知っていたであろう。 愛する人を失った者がこの花を見た時、仲睦まじく寄り添うように咲く二人静の二本の花穂の姿は、よりいっそう切なさを想起させるものであったに違いない。
作家、横溝正史は 「それぞれの 花ありてこそ 野は愉し」 という俳句を詠んでいる。 妻で俳人の孝子には 「二人静」 というタイトルの句集がある。 二人静の花言葉は 「いつまでも一緒に」 だという。
以下は、ちあきなおみの歌唱による 「一人静」 である。
「ひとりしずか」 作詞 星野哲郎 作曲 船村 徹
湖は 青い香炉よ
たちのぼる 霧のなかから
あなたの思いが こぼれて匂う
そんな気がして 手にとれば
ひとりしずかの 白い花
白樺の 幹にもたれて
草笛を 吹いてくれたね
あなたのしぐさを 恋とも知らず
遠く別れた あのときも
ここに咲いてた 想い花
すき通る 水に透かせば
今でこそ 見える昔も
元には戻せず 指輪の跡も
消えて淋しく 首を振る
ひとりしずかの 白い花
信州つれづれ紀行では 「
伊那谷をゆく〜駒ヶ根高原にて
」 を掲載している。 合わせてご覧いただければ幸いである。
直立する茎から顔をのぞかせ語り合うように向き合って咲く 「二人静の花穂の風情」 は古来より多くの人々の心にかく深い情趣を抱かせるものであったのだ。 あるいは、この静謐な地に、かくなる旅荘を拓いた主人もまた、そのことを知っていたに違いない。
2026.04.21
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