Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
Turn

箱庭の宇宙〜半径3キロの社会
 「量子もつれの実証」 から導かれた 「非局所的宇宙」 はセンターレス(無中心)でボーダーレス(無境界)である。 しかしてその宇宙は時間も空間もない 「シンプルな宇宙」 であって、局所と全体が入れ子状に階層を成すフラクタル構造で構成され、「ホロニックなネットワーク」 でつながっている。 しかり局所は全体であり、全体はまた局所である。
 超グローバルな社会も行き過ぎると逆に超ローカルな社会に反転する。 そう 「半径3キロの社会」 である。超グローバル社会もまた 「そこから始まった」 のである。 何のことはない。 事は遠大なループを描いて原点に回帰したのである。 だが超ローカルな社会である 「半径3キロの社会」 が小さな世界で、地球規模の超グローバル社会が大きな世界というわけではない。 宇宙には大きさはなく、あるのは 「細部は全体、全体は細部」 とする階層を成す入れ子状のフラクタル構造という仕組みだけである。 つまり、半径3キロの超ローカル社会には地球規模の超グローバル社会が含まれているのである。 千利休が言ったという 「世の中のこと一杯のお茶にしかず」 とはこのことである。
 彼はかって貨物船の通信士として 「七つの海」 を渡って地球を周回していた。 その彼といつものように馬鹿話をしていたとき、私がこれからは 「半径3キロの社会」 に回帰するであろうと予言すると、彼もそれを了とした。 先日そのときの話を回想しながら、これからは 「四畳半の宇宙」 となるであろうとさらに予言すると、彼はそれもまた了とした。 仮想空間 「メタバース」 が喧伝される現代社会であってみれば、それは驚くにあたいしない。 さらに、その四畳半の畳をめくれば、そこには 「次なる新たな宇宙が広がっている」 と言うと、「当然でしょう」 とすかさず了とした。 我々の若かりし日。 世の主張は 「青年は荒野をめざせ」 であった。 その荒野をめざした彼の遠大な航跡の先にあったものが 「四畳半の宇宙」 であったとは、夢のあるような、ないような話ではあるのだが、それもまた彼は了とするであろう。
 中世ヨーロッパに生きた人々がたどった生涯の行動範囲は 「半径3キロ圏内」 だったと言われる。 農奴制にあった社会では馬で移動できるのは国王や領主ぐらいであって、断りなく出歩けない農民では徒歩で家と農地の往復だけで一生が終る。 日曜に教会に行くのが精いっぱいであった。 時代はめぐり巡って再び 「半径3キロの社会」 に回帰しようとしている。 現代人との違いは彼らが大きな世界を知っていたか、いなかったか程度の差異でしかない。 かって私が生まれ育った奥山に囲まれた 「箱庭のような社会」 であってみれば、山の向こうは 「未知なる世界」 であったのだ。

2026.04.13


copyright © Squarenet