「無敵の人」 とは、2ちゃんねる創設者、西村博之氏が言い始めた(とされる)ネットスラングで、何も失うものがない状態で犯罪をもためらわない者を指すという。
例としてはいささか適正に欠けるかもしれないが、学歴詐称疑惑にまつわる伊東市の田久保市長やパワハラ疑惑にまつわる兵庫県の齋藤知事等々がかくなる無敵の人の範疇に類するという。
何を言っても響かない。 筋道立てて問い糺したとしても答えないような傲慢な態度は、まさに 「無敵の人」 そのものである。
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このような人間性は、古き良き時代の日本ではありえなかったような
「傍若無人」 なふるまいである。 だが近年の世情では、ごく普通に散見されるふるまいになりつつある。 このような人間性の反転を歴史に省みると、記憶は第2次大戦の敗戦前後に遡る。
軍国主義一辺倒であった価値観は、一夜にして自由主義一辺倒の世に転換した。 天皇は神から人へと転化し、忠君愛国の思想は国民主権の思想へと転化したのである。
当時の日本人からしたら、その変転は 「人間不信」 に陥ってしまうほどに衝撃的であったに違いない。
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以来、幾星霜。 今度は 「無敵の人」 の登場である。
さらにその俯瞰を世界に拡大すると、ことの大小の違いはあろうが、かくなる 「無敵の人」 だらけである。
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第2011回
「頼るべき羅針盤とは」 では、羅針盤を失った難破船のごとくの現代社会について論じた。 得た結論は 「矛盾する相対と絶対の2つの真理を自己の内で同一化する絶対矛盾的自己同一の思想」
であった。 だが現実は 「人間性を喪失した無敵の人が巷間を闊歩する」 退廃した様相を呈している。 何をか言わんや ・・ である。
落胆の淵は深い。
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