Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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別れのとき〜時は再びは帰らず
 坂本龍一は 2023年3月28日 71歳で、谷村新司は 2023年10月8日 74歳で、もんたよしのりは 2023年10月18日 72歳で、次々とこの世に別れを告げた。 時は再びは帰らず。 かって一世を風靡した同世代人がいなくなる度に一抹の寂しさが去来する。
 次の句は、憂国の士であった三島由紀夫が遺した辞世の句である。
益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜
散るをいとふ 世にも人にも 先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐
 上段の巷間衆知の句で 「これから壮挙に赴く留めどない荒ぶる魂の熱情」 を描いた三島は、下段の句で 「去りゆく自らの淋しげな後ろ姿にたくした鎮魂」 を描いた。
 次の漢詩は、秦始皇帝暗殺の刺客であった荊軻がその任に赴くに際し、易水の畔で催された送別の宴で詠じたものである。
風蕭蕭として 易水寒し 壮士ひとたび去って また還らず
 風は寂しげな音をたてて吹き、易水の水は冷たげである。 壮士(勇者即ち荊軻)はここで別れを為して、ひとたび去れば、ふたたびは帰ることはない。
 次の言葉は、戦没学生の手記 「きけわだつみのこえ(岩波文庫)」 の巻頭に掲載されている特攻隊員、上原良司の所感と題された遺文である。
明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。 彼の後姿は淋しいですが心中満足で一杯です。 ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を国民の方々にお願いするのみです。
 上原良司は小説 「永遠の0」 の主人公、宮部久蔵のモデルであるとされている。 (詳細は 「上原良司の風景」 を参照)
・・ 心の死ぬことを恐れず、肉体の死ぬことばかりを恐れている人達で日本中がうめられている。 しかし、そこに肉体の死するを恐れず 「魂の死するを恐れる」 という人がいることを忘れないでください ・・・ 三島由紀夫が後世に繋いだ魂の絶唱である。 それはまた 「美しき国、日本」 の原風景でもある。
 以下蛇足ながら、もう四半世紀近くも前になろうか、私は 「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」 と称された真田幸村の最期の戦いであった大坂夏の陣に赴く際の胸中に思いを馳せて、「決戦の時」 と題した詩文を書いている。 郷土の英雄に捧げた渾身の鎮魂歌である。 (詳細は 「真田幸村の風景」 を参照)
   決戦の時

万物事象の舞台に 筋書なく
時空流転して 片時も留まらず
熟慮の季節過ぎ 決断の時訪れる
思い潜めた苦節の日月 真田魂何を語るか
惰気去りて 剛気悠然として 光彩を発す

歳月機会創りて 過去未来を定む
優柔は徒労に逸し 果断は活路を拓く
戦機は常に刹那に在りて 事象を裁断す
生きながら死滅する 妥協と訣別し
死して 不死鳥のごとく蘇る 闘いに赴むく

胸中の謀事は 事象の出方待たず
自ら翻弄して 自在の境地
理性怜悧にして 論理過酷に使う
胆力鎮まり 気力昂揚し 鬼神総身に満つ
乾坤一擲にして 腹蔵のほむら 外界を焼く

事の成否 天の計らいにて 心煩うこと無し
行蔵の正邪 人に預けず 時空に委ね
心定めるに 悔いは残さず
催すは ただ一代の雅舞

唯我独尊の佇まい 常に香気と成し ゆるがず
漂白楽しみて 一人 渦中に入る
この身虚空にかかり 軽妙にて 飄々たり
一抹の生死の狭間 いま決戦の瞬きに 煌めく
 「壮士ひとたび去ってまた還らず」、しかして 「時は往きて再びは帰らず」、それは 「時空の理」 であって、何人も妨げることはできない。 しからば、せめて 「一寸の光陰軽んずべからず」 をもって生きるにしかずである。

2023.10.24


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