Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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司馬遼太郎の風景〜その小をもって、その大を描く
 小説 「梟の城」 は司馬遼太郎が直木賞を受賞した長編第一作である。 取り急ぎ物語のあらすじを追うと以下のようである。
 時代は天正9年9月。 織田信長は5万の軍勢を投入し、伊賀の里を滅ぼしてしまう。 それから10年の歳月が流れ、天下の覇権は信長から豊臣秀吉へと移っていた。 天正19年9月。 嫡男、鶴松を失った秀吉は突如、全国の諸侯を聚楽第へ集め、朝鮮出兵への命を下す。 彼は出兵の拠点を名護屋と定め、築城命令を出すのであった。
 人が恐れて足を踏み入れない山奥の小さなお堂に、伊賀忍者、葛籠重蔵(つづら・じゅうぞう)はひっそりと暮らしている。 彼の家は伊賀の里でも名家で、重蔵は最後の生き残りにして跡取りであった。 そんな彼の元にかつての師匠が姿を現し、さるお方から秀吉の暗殺依頼がきたと言う。 始めは渋っていた重蔵だったが、師匠の説得により依頼を受けることにし、密かに生き延びていた伊賀者と接触を図った。
 伏見城へ侵入した重蔵。 容易く秀吉の寝所へと到達する。 彼は寝ている秀吉を叩き起こし、豪気にも対話の機会を持つことにした。 重蔵は太閤秀吉が年老いた爺であることに驚いたが、日の本一の権力を掌握する者が年老いた爺であることに笑いが込み上げて仕方ない。 こんな者のために、大勢の配下が命を落とした。 彼は秀吉と会話した後、暗殺をやめて 「一発殴って」 逃走した。
 作家にとって、その第一作は、そのごの作家人生に大きな影響を及ぼすものとなる。 それは大作家、司馬遼太郎とて例外ではない。 自らの小をもって、その大を描くことは、終世において変わることはなかったのである。 巷間、「立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」 と謂われる。 天下人、秀吉にとっても 「その轍」 を免れることはなかったのである。 あるいは、伊賀忍者、葛籠重蔵は、そのことを自らの小をもって証明したかったのかもしれない。 それはまた、司馬遼太郎の 「人生観そのもの」 でもあったに違いない。

2023.02.14


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