Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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新沼謙治の風景〜しあわせのヘッドライト
 新沼謙治の代表曲である 「ヘッドライト」 は1977年に発売された。 遡る45年前である。 作詞は阿久悠、作曲は徳久広司である。 東京を離れて北の町に向かう男女の心境を車のヘッドライトの光に喩えて綴った今にのこる名曲である。 北国、岩手県大船渡市生まれの新沼謙治にとっては 「最も思い入れが強い曲」 であると述べている。 21歳の新人歌手であった新沼謙治の若き歌声は聴く人の心に響いてベストヒットとなった。
 この曲を耳にする度にとある青年の記憶が甦る。 彼とは同じ職場で知り合った5歳ほど下の後輩であった。 瞬きの少ない澄んだ目から放たれた彼の視線は媚びることなく強い意志を秘めて世界を見つめていた。 それは周りに迎合するわけでもなく、かといって反抗するわけでもなく、自らの生き方に淡々と徹しているようであった。 友だちの頼みは断ることなく引き受けそのための残業を苦にしなかった。 言うなれば、彼は希にみる 「ナイスガイ」 であったのだ。 曲を聴いてその青年の記憶が甦るのは彼の風貌が当時の新沼謙治に似ていたせいかもしれない。 そんな彼であったから女性にはもてた。 だからといってそれに執心するようなことはなかった。 そんな彼がとある女性を好きになった。 彼が選んだ彼女は明るい笑顔のしっかりものであった。 そんな折に会社の社員旅行が催された。 当時の社員旅行は今と違って全社員が数十台ものバスに分乗して観光地に向かうというような団体旅行であった。 二泊三日の期間中、二人は視線を合わせることなく普段通りを貫いたから誰ひとりとして彼らの関係に気づいた者はいなかった。 そんな彼らであったから、彼は男友達から好かれ、彼女は女友達から好かれた。
 そんな彼との別れは不意にやってきた。 彼は会社を辞め、彼女を連れ故郷に帰り結婚することにしたというのだ。 旅立つ日。 車に荷物を積み終えた二人は並んで別れを告げた。 点灯された 「ヘッドライト」 は夜の闇に溶けいるように消えていった。 私といえば、のこされた 「テールライト」 が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていたのである。
 そのあとのくだりは以下の 「ヘッドライト」 の歌詞のようであったのではないかと想っている。
ヘッドライト / 作詞 阿久悠 作曲 徳久広司

北へ走ろう お前と二人
北は雪どけごろだろう
春もあるだろう

そんなに泣くなよ
今夜からは二人だけだよ

ふり向けば つらいことばかりの
東京は捨てたよ
夜霧にゆれてる
哀しみのヘッドライト

夜が明けたら ドライブインで
からだあたためてくれる
お茶をのもうよ

もたれて眠れよ
俺に遠慮なんかするなよ

もう二度と 戻らない町には
未練など持つなよ
二人でたずねる
しあわせのヘッドライト

もたれて眠れよ
俺に遠慮なんかするなよ

もう二度と 戻らない町には
未練など持つなよ
二人でたずねる
しあわせのヘッドライト
 あれから50年近くの歳月が通りすぎていった。 だが彼らの姿は今も色褪せることはない。 たどり着いた 「片隅の世界」 で幸せに暮らしていることであろう。 片隅と言っても、二人にとってそれは 「世界の中心」 なのである。 彼らにはそうする力が充分に備わっていた。

2022.11.25


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