Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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見えた 何が 永遠が
 表題はフランスの詩人、アルチュール・ランボーの詩の一節であり、これをのこしてランボーは詩人を廃業したといわれる。 ランボーは16歳にしてすでに第一級の詩人であった。 この一節は18歳の時に書いた 「地獄の季節」 の中で書かれたものである。
 NHKスペシャル 「立花隆 最後の旅」 では、この 「見えた 何が 永遠が」 という一節が番組の表題として使われた。 だが番組を見たある識者は、この一節が立花の紀行文のなかに引用されてはいるが、彼の一周忌のスペシャル番組の表題にしたNHKディレクターのセンスに地下の本人は苦笑しているのではないかとコメントした。 なぜなら立花の死生観はこのような 「リリシズム(抒情性)」 とはおよそ対極的なものであったからである。
 立花は10万冊とも言われる蔵書を生前に全て古書店に売り払ったうえで、葬式、戒名、墓は不要、自分の遺体はゴミとして捨てて欲しいと実の姉に遺言していたという。 ちなみに立花は2度結婚して2度とも離婚、子供はいない。 徹底したニヒリストぶりに、さすがの姉も当惑したという。 圧倒的な古今の知識を捕猟した 「知の巨人」 の最期は、自分自身のいっさいを無に消去しようとする 「究極の虚無」 であったのである。
 立花隆が行き着いた 「究極の無」 と、ランボーが行き着いた 「究極の永遠」 は隔絶しているように見えても 「同根の境地」 であったのかもしれない。 だがこのような究極の世界を覗くには強靱な精神力を必要とする。 哲学者、ニーチェはその様相を以下のように描いている。
 「怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない、深淵をのぞきこむとき、その深淵もまたこちらを見つめているのだ」
 はたして、立花隆にして、ランボーにして、2人が覗いた深淵の中で見た 「究極の世界」 は、悲嘆やるかたない 「絶望」 であったのか? それとも、歓喜あふれる 「希望」 であったのか? 彼らが天空に旅立ってしまった今となっては知るよしもない。
 本稿では、第1384回 「問いの終焉」 で究極の無について、第820回 「永遠は瞬間にあり」 で究極の永遠について論考している。 併せてお読み願えれば幸いである。

2022.11.16


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