Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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混乱の臨界点(2)〜進歩しない社会
 曖昧量の増大、言うなればエントロピ増大に対して人類が対応可能な限界としての臨界点をすでに突破しているのか、それともその以前なのかを判断できる者はいない。 それは神のみぞ知るところである。 仮に臨界点を突破しているとすれば、人類の能力をもってしては対応不能である。 いかなる対策を打ち出したとしても混乱を解決することはできないであろう。 それは打ち出されたさまざまな対策が必ずしもその効果を発揮していない昨今の世相と符号する。 エントロピは新たな事態が起きる度に増大する。 蟻の詰まった缶を開けるとその蟻を収容するためにはさらに大きな缶を必要とするというのがその喩えである。
 シュレジンガーの波動方程式によれば、ものごとを観測する度に波動関数が収縮して 「新たな宇宙」 が発生する。 言うなれば、扉を開けて何ごとかを知る(観測する)度に新たな宇宙が発生するのである。 また波動関数の収縮(宇宙の発生)の頻度が時間の速度に同期することで、結果としてその時間に応じてエントロピ増大の速度もまた決定される。 情報化時代は観測の頻度を急増させる時代である。 結果、曖昧量であるエントロピは急増し、宇宙はかく見るような混乱に陥ってしまったのである。 時代の進歩が世界を混乱に陥れてしまうとは何と皮肉なことであろうか。
 かくなる視点で言えば、物事の解決は解決にあらず、さらなる混乱の始まりでもある。 東西冷戦の解消は問題の解決ではなく新たな紛争の始まりであったのだ。 ロシアによるウクライナ侵攻はその帰結を物語っている。
 混乱の解決策がさらなる混乱を増幅させることが真理であったとすれば、叡智をもった人類にとってそれは 「致命的」 である。 もしやれることがあるとすれば観測の頻度を低下させて時間の速度を低下させることぐらいである。 言うなれば 「進歩しない社会」 こそが最良なのである。 近年叫ばれている 「SDGs(持続可能な社会)」 が時間の速度を低下させた 「進歩しない社会」 であったとは、何たる徒労 「大いなる陥穽」 これに過ぎるものはない。

2022.06.16


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