Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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負ける工夫
皆が皆、勝つ方法を学びたがる。 しかし、決して負ける方法は学ぼうとしない。
 格闘家であるとともに哲学者でもあったブルース・リーの言葉である。 世にさまざまな箴言があろうが 「負ける方法」 を述べたものなどにはそうそう出会うことはない。そこには 「優雅なる異端」 を貫いたブルース・リーの面目躍如たる 「知恵の世界」 が垣間見える。
 現代は「勝ち組、負け組」と揶揄される 「勝つことだけの価値観」 に占領された社会である。自由主義経済の中核はこの価値観を土台にした自己責任論を基に構築されている。 それは 「勝たなくては意味がない」 という弱肉強食の世界であって、敗者は生存さえも許されないかのような世界である。このような世界に住めば、誰しもが敗者を忌み嫌い勝者を目指すのはむしろ必然の帰結であろう。
 その中で 「敗者の価値」 を見いだした「ブルース・リーの慧眼」はまさに畏るべきものであって、常人の遠く及ぶところではない。 だがその論ずるところは奇しくも陰陽の両極(Pairpole)から宇宙が構成されているとする 「Pairpole 宇宙論」 の世界観に相似している。 万物事象は 「あざなえる縄の如く」 であって、「禍福は一体」 である。 その中にあって、勝者ばかりを目指す世界とは、片極だけの世界を構築しようとする試みであって、やがては徒労に逸する。 1枚の紙は 「表裏」 で構成されるのであって、表だけや裏だけの紙など存在しないのである。
 かくなる宇宙の真象(内蔵秩序)を見失った現代人は、あるいは希にみる 「おおばかもの」 なのかもしれない。 ちなみに今の世界を俯瞰すれば、各国の指導者の多くは勝つことばかりを考えて負けることを学ぼうとしない。 勝つためには手段を選ばないという頑なな姿勢はかくなる愚かさの様相を物語っている。 人類は大いなる視野の狭窄に陥ってしまったようである。その狭窄があまりにも大きすぎて確と自覚されないだけである。 行き詰まった世界を突破する妙薬は 「賢く負ける」 ことに尽きる。 負けることもときには優雅であって 「かっこいい」。 優雅なる異端とはそのことである。

2020.08.12


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