Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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残し得るもの
 「虎は死して皮を留め 人は死して名を残す」 虎が死んだ後に美しい毛皮を残すように人は死んだ後に名を残すような生き方をすべきだという意である。
 だがしかし、現代人は名を残すような生き方ができているのかと問われれば何とも心もとない。 それどころか現代人は名を残すような生き方そのものを生きる価値と考えているのかさえ疑わしい。 別の視点から現代人の価値観をとらえた表題に 「信義で飯が食えるか」 という常套句がある。 この表題からすれば生きるための価値観には 「死んだあとのこと」 などは考慮されていない。 今を生きるのに精一杯なのであって、今日食べることが何にもまして優先されるのである。 そのためにはお金が必要なのであって、それに供さない 「死んだあとに名を残す」 ことや 「信義」 などは単なる 「お題目」 にすぎないのである。 現代社会で横行する今日さえよければという刹那主義や生存目的のためには虚偽さえも容認されるという倫理観の根底にはこのような構図が歴々と横たわっている。
 そのような世相の中で 「人は死して名を残すべき」 などと言い出せば時代錯誤の烙印を押され眉をひそめられるは必定であろう。 だがそのことで現代人は 「何か大切なものを失ってしまった」 ことは深く省察されてしかるべきである。 でなければ 「その世界」 はまるで灯火(ともしび)が失われてしまった 「暗闇の世界」 のようである。
 かって 「プロジェクト X」 というNHKの人気番組があった。 その中で登場人物が思わず吐露した言葉の数々が 「名言集」 として残されている。 以下はその中から私的に抽出したものである。
 「男は一生に一度でいいから子孫に自慢できるような仕事をすべきである」
 「いつかはみな死ぬ 今は苦しくても死ぬときに誰も出来ないことをやったと思えたらそれでいいじゃないか」
 また生涯を粗衣粗食にして渡る風のように生きた良寛和尚は 「形見とて 何残すらむ 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじ葉」 という辞世の歌を残している。 それは自然を友とした和尚が万物事象の中に残し得た清々粛々たる風韻の記憶である。

2019.09.11


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