Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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笑いが消えた街角〜猥雑さの行方
 お笑い芸人の闇営業問題に端を発した吉本興業をめぐる騒動は国民をあげての喧噪と化し収束は迷走状態に陥っている。 論争を聞いていて 「ある場面」 が想起された。 以下の記載は 第1037回 「失われた街角〜猥雑さの行方」 からの抜粋である。
 今やどこの地方都市からも歓楽街の灯が消えつつあると聞く。 かってあった歓楽街の猥雑さには人が生きていくためのエネルギがあった。 その猥雑さゆえに、人は地下に大きく根を張ることができ、その力強さゆえに、嵐にあってもその幹は倒れなかったのである。 その猥雑さが消えかかっている現代、その幹は立派にみえても、地下の根っこは矮小である。 これでは少しの風でもたやすく倒れてしまうことを憂うるばかりである。
 今となれば吉本興業は猥雑さの時代の中を駆け抜けて生き残った希なる会社ではあるまいか? その猥雑さは芸のバックグラウンドであり、肥やしであり、明日への活力であったはずである。 その猥雑さを契約で明瞭にし公明正大なものにすべきであると識者は改革をうながす。 だがその改革は 「水清ければ魚棲まず」 の轍を踏むことにはならないか? 「掃き溜めに鶴」 のごとく、優れた芸人は猥雑さの中からしか現れないのではないのか? 街はゴミひとつなく綺麗になったとしてもそこに住む人がいなくなってしまったのでは本末転倒であろう。 「失われた街角〜猥雑さの行方」 の記憶はそんなことを思い出させてくれた。 「笑いが消えた街角」 にはなってほしくないのだ。

2019.07.31


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