20世紀もあと数年で終わろうとしている。2000年という数字はある種の区切りを我々に感じさせる。人間の歴史が始まって以来、あるものはこのように、またあるものはそのように生まれ、生き、そして死んでいった。同時代に全ての人と知り合うことは不可能であるが、人は文字という記述や、彫刻や遺跡などの形によって、その痕跡を地球上のあちこちに残し、去っていった。エジプトのピラミッドや象形文字、ギリシアのパルテノン神殿、メソポタミヤ文明、タイのアンコールワット、中国の殷の遺跡や甲骨文字、メキシコのマヤ文明、南米のペルーの遺跡・・・神が生きていた時代、彼らは自然をあがめ、その中で愛をはぐくみ生きたのである。
彼らはいったい何を考え、何をめざして生きたのであろうか。彼らの試行錯誤は経験と新たな認識を積み上げ、歴史遺産として現代にも脈々と受け継がれ息づいている。そして今、人類は科学という武器を手に入れ、世界で起きる全てを、たちどころに知ることができるようになった。話す言葉が違っても意志を通じさせることは容易である。世界はひとつになりつつあるのだ。名実ともに運命共同体として宇宙空間に漂う小さな星である地球という宇宙船に乗っているのである。
はかなきは人間である。それは昔も今も変わりがない、しかし、そうであるからこそ人間は人を愛し、夢を描き、未来を創造し生きるのである。尾崎士郎は小説の中で「去る日は楽し、来る日もまた楽し、よしや哀憐の情ははかなくても青春の志に燃える青年の心は曇るべからず」といった。また、若くして華厳の滝に飛び込んで夭折した藤村操は「遼々たるかな古今、悠々たるかな天地、五尺の小躯をもってこの大をはからんとす、ホレイショの哲学もなんらオーソリテイに値せず・・・」という言葉を残した。私にこの大をはかれるのかどうか自信はない。しかし、今まで培ったもてる力の全てを使い、それに挑んでみようと思っている。
旅の便りはできるだけ手短に、しかし、心の旅情を失わないように素直に書きたい。そう、ちょうど旅先から愛する恋人にだす絵はがきのように。
平成 6年 8月12日 著者