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未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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無言館にて / 長野県上田市
あなたを知らない
 戦没画学生慰霊美術館である 「無言館」 を訪れるのは2度目である。 1度目は開館(平成9年)間もない頃であったから20年ほども前になろうか。 20年の歳月はあたりの景観を変えていてすぐにはたどり着くことができなかった。 見通しのよい山腹にたたずんでいた美術館は大きく育った周囲の樹木に覆われその姿は樹間に完全に没し去っていた。
 無言館は窪島誠一郎氏によって 「信濃デッサン館」 の分館として開館した美術館である。 だが本館の 「信濃デッサン館」 は平成30年3月15日をもって無期限休館となっている。 時空流転して留まらずの感慨は深い。 無言館では第2次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生たちが残した絵画作品を収蔵、展示している。 その後、平成20年には第2展示館が開館している。
 訪れた無言館にはお盆の季節とあってそこかしこに来館者の姿があった。 駐車場の車からは日本列島の各地から遠路はるばるやってきた来客数の動向を察知することができた。 その中には多くの若者も含まれていた。 第1、第2展示館を2時間ほどかけて回った。 どの作品の前にも無言で沈思する人の姿があった。 館を出るとゆく夏を惜しむかのように蜩が林間にこだましている。 ふり向くと何方からか渡ってきた一陣の涼風が館を巻くようにして吹きぬけていった。
 以下は館主、窪島誠一郎氏 「無言館」 開館にあたっての辞である。
あなたを知らない

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ

あなたの絵は朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕灼け色
あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ

どうか恨まないでほしい
どうか咽かないでほしい
愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく五十年も経ってたどりついたことを

どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻まれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ

                              (1997年5月2日)

2018.08


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