Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
Turn

生きてある者と死んである者〜ヘルマン・ワイルの言葉
 ドイツ人数学者、ヘルマン・ワイルは「数学と自然科学の哲学」の中で、「自然の最も奥深い謎は、死んでいるものと、生きているものとの、対立と共存である」と述べている。
 確かに今を生きる人々のために社会は構成されているわけであるから、現実にそくした経済的合理性と物質還元主義によって、国家の進路を決定して何が悪いのかという論理は成り立つかもしれない。 だがそれは紙の表側だけをとらえた論理である。 見えるものは見えないものによって支えられているがごとく、生きている者は死している者によって支えられているのである。
 安倍首相は靖国神社参拝に際し、「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました」と述べた。 だが祀られている英霊たちはいったいどのように思っているのであろうか。 死せる者の願いを思いやることこそが、今を生きる者としての感受性であろう。 生きている者は、ときとして現実に目が眩んで、この感受性を喪失させてしまう。 だが生きている者もやがては死している者の仲間に加わっていく。 そのとき、死している者の魂の叫びをいかに聴くのであろうか。 時代の感受性とはそのようなものである。 その感受性を失った生きる者とは、いったい 「何もの」 なのであろう。
 以下の記載は東北大震災の被災地で語られる不思議な現象を掲載した記事からの抜粋である。
 震災後に語られる被災地の不思議な現象。 例えば何人ものタクシーの運転手が途中で消えてしまうお客を乗せている。 季節外れの冬の格好をした若い女性だったり、子どもだったり ・・ 運転手たちはそれを「幽霊だ」と騒がずに静かに受け止める。 「ああ、家に帰りたかったんだね」と。 しかし、これは「怪談集」ではない。 東北学院大学の震災の記録プロジェクトでの綿密なフィールドワークに基づいた研究成果の一部を本にしたものである。 何人ものタクシー運転手が語る話には裏付けがある。 タクシー業務で残された乗車記録では彼らや彼女らが乗った区間は 「無賃乗車」 として淡々と処理されているのだ。
 ヘルマン・ワイルは 「現代におけるいっさいの矛盾は生きている者と死んでいる者との対立にある」 と述べたあとで 「生きてある者こそが死んである者との宥和をはからなければならない」 と付言することも忘れなかった。

2018.05.28


copyright © Squarenet